いのちのバトン 第2回 | あの日があるから
食べること。
眠ること。
遊べること。
あんみでは、よく「食う・寝る・遊ぶ」が大切だとお話ししています。
簡単な言葉に聞こえるかもしれません。
けれど私は、震災で保護された動物たちと向き合ったとき、
その当たり前が、どれほど尊く、奇跡のようなことなのかを知りました。
2011年3月
東日本大震災が起きたとき、私は自分の無力さに打ちひしがれていました。
現地へ駆けつけることはできない。
瓦礫の撤去もできない。
医療チームでもない。
きっと家族とはぐれてしまった動物たちが、人間と同じように不安や恐怖を感じて、どこかで震えているかもしれない。
そう思いながらも、私はただニュースを見ることしかできませんでした。
「私にできることはなんだろう」
何度も、自分に問いかけていました。
当時私は、ハーブやアロマオイルを使ったケアを、愛犬や友達のワンコたちに行っていました。医療ではないけれど、心と体をそっと支える小さなケア。
そんなとき出会ったのが、個人で立ち上がった「チーム富士丸」の活動でした。
代々木公園での募金活動や物資の告知、そして仙台市被災動物救護センターへの支援に奔走している方々の存在を知りました。
面識はほとんどない。それでも私は、迷いながら一通のメールを書きました。
「ハーブでのケアをさせていただけませんか」
押しつけにならないだろうか。
現場の負担にならないだろうか。
何度も書き直して、送信ボタンを押したあの瞬間を、今でも覚えています。
その後、現地で保護されている犬や猫たちのために、ハーブのブレンドを届ける活動が始まりました。
やせ細っていたラブラドール
最初に相談が届いたのは、ラブラドールレトリバーのことでした。
推定4〜5歳。本来なら筋肉質で堂々とした体つきのはずなのに、写真の中の彼はあばら骨がくっきりと浮き出るほどやせ細っていました。
強いストレスは、食欲だけでなく消化機能そのものを弱らせてしまいます。
私はまず、消化を穏やかに助けるハーブをブレンドし、フードにふりかけのように使っていただけるよう細かく粉砕してお届けしました。
2か月後、報告が届きました。
「フードをよく食べて、少しふっくらしてきました」
胸の奥がじんわりと温かくなりました。体が整うと、心も少しずつ安定していく。命を支える土台は、よく食べてよく眠ることなのだと、あらためて感じた瞬間でした。
不安な夜に鳴いていた柴犬
一頭の柴犬。推定10歳以上。
震災の混乱の中で保護されたその子は、夜になると強い夜泣きと徘徊が続いていました。
慣れ親しんだ匂いも、音も、景色もすべて失われた環境の激変は、シニア犬にとってとても大きな負担です。
リラックスを促し、穏やかに眠りへ導くハーブミックスをお届けしました。
がしかし、そこは柴犬さまです。一筋縄ではいきません。
さらに温湿布用のブレンドも追加して、匂いと温かさの両方で、安心を届けるアプローチをお願いしました。
数週間後、こんな言葉が届きました。
「ほんの少しですが、眠ってくれるようになりました」
劇的な変化ではありません。一晩ぐっすり、というわけでもない。
それでも、夜通し鳴いていた子が少しだけ静かな時間を持てた。
その「ほんの少し」が、体と心を守る大切な時間だったはずです。
支援とは、大きな奇跡を起こすことではなく、小さな安らぎを重ねることなのだと、
あの柴犬は教えてくれました。
腫瘍を抱えて手術を受けたセッター
推定10歳のセッター。保護されたときから腫瘍をかかえていたそうです。
被災という極限状態の中で緊急手術を受けることになりました。
手術は無事に終わりましたが、術後の強いむくみが残っていました。
デトックスを意識したハーブミックスと、リンパの流れをサポートするブレンドをお届けしました。「頑張らせる」のではなく、「整えていく」ことを大切にしながら。
少しずつ体が軽くなり、動きが穏やかになってきたと報告を受けたとき、
高齢のセッターが再び穏やかな時間を取り戻していくのを、遠くから感じました。
最後の一頭を送り出した日
センターにいた犬や猫たちは、一頭ずつ新しい家族のもとへと旅立ちました。そしてついに、最後の一頭にも新しい家族が決まった日。
これは奇跡の物語ではありません。
医療費を支えた寄付、
フードを届けた支援、
現場で汗を流したボランティア、
遠くから祈り見守った人たち——
一つひとつは小さな力です。
でも、それらが重なったとき、最後の一頭まで笑顔で送り出すことができました。
私は現地へ行くことはできませんでした。
それでも、私だからできる形で、命に寄り添うことができました。
そしてあの経験は、今の活動の原点になっています。
犬や猫たちは、きっと私たちが思っている以上に強い存在です。
不安の中でも、傷ついたあとでも、少しずつ食べようとする。
安心できる場所を探そうとする。
もう一度、眠ろうとする。
そして、また生きようとする。
私は、そんな姿をたくさん見てきました。
だからこそ、犬や猫たちは絶対に生きることをあきらめないと信じています。
私たち人間よりも、ずっと強く、やさしく、希望を知っている存在なのかもしれません。
安心して眠れる場所があること。
今日もごはんを食べられること。
少しずつ心がゆるみ、遊ぶ余裕が戻ってくること。
それは、命が「生きていて大丈夫なんだ」と思い出していく過程でもありました。
安心できるペットたちと一緒に暮らせることは、本当は奇跡のようなこと。
だから私は今も、その子の日常を守ることを、何より大切にしています。
あの日つながった想いは、今も静かに、あんみの中に流れ続けています。
次回は、私と愛犬みぃが、植物療法をさらに深めるきっかけとなった出来事についてお話しします。🌿

